日本文化の象徴?浅草寺
いや~いつ行っても凄い人出ですね。しかも外国の方の多さと言ったら驚きです。私が子供の頃は外国人って結構珍しい存在だったんですが、今は外に出れば誰かしら外国の方とすれ違うようになりました。しかし、この浅草の状況は…圧倒されます。私が浅草に通っていた15年前位は、地方からの団体さん位しかいなかったような気がするんですけどねぇ。
まぁ、浅草自体が下町文化が色濃い土地ですし、いろいろな見所や体験できる施設が映画のセットの様にコンパクトにまとまっているのがいいのでしょう。そして浅草寺はその正面玄関的存在ですから人が多いのもうなずけます。
今回はそんな浅草寺について書いてみたいと思います。
聖観音宗あさくさかんのん金竜山浅草寺
正式名称は聖観音宗あさくさかんのん浅草寺。浅草寺は聖観音宗の総本山という位置付け。
聖観音宗?聞いたことないなぁ…ちょっと調べてみましょう。
聖観音宗
聖観音宗とは、浅草寺を本山とした仏教の1宗派のことです。浅草寺と言えば東京だけでなく全国でも有数の観光地として知られていますが、観光地としてだけでなく、総本山として1つの宗派をなすほど大きな寺だということが分かるでしょう。浅草寺は1950年から聖観音宗となりましたが、浅草寺自体は飛鳥時代の628年からその歴史が始まります。隅田川で漁をしていた檜前(ひのくま)浜成・竹成兄弟の網に本尊となる観音像がかかり、土師(はじ)中知とともにまつったことが始まりだと言われています。浅草寺としての歴史は、東京都内でも最古と言われるほど古いものです。浅草寺は1950年より前は聖観音宗ではなく天台宗に属していましたが、1950年以降は支院25ヵ寺、末社18舎を率いる聖観音宗の総本山となりました。
浅草寺はこんなところ
では、知っている範囲ですが、浅草寺をご案内しましょう。
雷門
先ずは雷門、浅草寺というか浅草全体のシンボル的な存在です。「浅草」と聞いたらこの「雷門」が浮かぶ人が多いのではないでしょうか。
雷門の正式名称は「風神雷神門」左右に風神様と雷神様のが釈迦の守護として鎮座しています。
この門は慶応元年の焼失で95年間再建されませんでしたが、昭和35年松下グループ松下幸之助によって寄進されました。ということで、鉄筋コンクリート造です。
また当然ですが雷門には裏側が有ります。裏側には金龍・天龍の像が安置されています。
仲見世
仲見世は昔は玩具屋お土産屋が多かったらしいんです。勿論まだそれらもたくさんありますが、今目立つのは食べ歩き(現在食べ歩きは禁止なのでその場で食べる)系ワンハンドスナックが人気みたいです。
おじさん世代が真っ先にイメージするのはきび団子。小さな団子が5個ぐらい刺さってるのを5本ワンセットだったような…きな粉が掛かってて美味しかった記憶があります。あと人形焼きね。数少ない東京名物の一つです。
今はソフトクリームやメンチカツにカレーパンいろいろあるみたいなので楽しめると思います。
仲見世を抜けると目の前にあるのが宝蔵門、別名仁王門。両サイドに仁王像が祀られています。中央には小舟町の方々から寄進された大提灯、裏には仁王様が履いたとされる大わらじが祀られています。宝蔵門は東京大空襲で焼失、昭和39年にホテルニューオータニの創業者大谷米太郎氏により寄進されました。という事でこれはSRC造になります。
五重塔も同じように消失し、昭和48年に再建されています。構造はRC造、屋根瓦には土瓦風チタン瓦が使われています。
浅草の風景
江戸の情緒を残すthe下町浅草。古いものと新しいものが混在する浅草の風景をご紹介します。
浅草でお買い物と言えば昔からここ ROX
浅草はグルメの街でもあります。レトロな洋食屋さんから天ぷら・蕎麦等の老舗の和食屋さん、神谷BARに代表される有名なBARなんかもたくさんあります。
また観光の目玉として人力車も走っていますので、体験してみるのも楽しいですよ。
初めて東京にお越しの際は、一日いられる街「浅草」でデートなんてのも良いかと思います。ホテルも各種充実していますからね。